福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(う)22号 判決
論旨は原判決摘示事実中被告人関係の第一の(1)乃至(5)の各窃盗事実は最初延岡簡易裁判所に起訴されその審理中に宮崎地方裁判所延岡支部に移送せられ同支部にすでに繋属中の被告人に対する加重逃走並に窃盗被告事件(原判示第一の(6)の窃盗並びに第三の加重逃走の事実)に併合審判されたものであるがかような場合たまたま右移送前の事件担当の裁判官及び訴訟関係人(検察官及び被告人並に弁護人)も右移送後事件の併合審理に関与した裁判官及び訴訟関係人も全く同一人ではあつても前記原判示第一の(1)乃至(5)の事実については簡易裁判所とは全く資格及び権限を異にする裁判官を以て構成する地方裁判所に繋属し新たな訴訟関係が発生したのであるから同支部としてはその審理に当りては当然刑事訴訟法第二九一条所定の手続をなし移送前に提出せられた証拠についても移送後更に証拠調の形式を履践しなければそのまま事実認定の証拠に採用することは許されないものである。このことに直接審理主義の精神から言つても同法第三〇三条の精神に照すも明らかなところである。仮りに然らずとするも移送前の裁判所の裁判官と移送後の裁判所の裁判官とは客観的には異るので少くとも同法第三一五条の更新手続(刑訴規則第二一三条の二の手続)により移送後更に証拠調の手続を履践することなくして移送前の証拠調の結果をそのまま移送された裁判所の裁判の証拠に採用することは直接審理主義の性質に反し違法であるといわなければならぬ。然るに原判決が判示第一の(1)乃至(5)の事実認定の証拠として採用挙示した証拠は何れも原裁判所で移送後更に取調べた証拠ではなく移送前延岡簡易裁判所で取調べた証拠をそのまま採用しているのであつて適法な証拠調を経ない証拠換言すれば証拠価値のない法律上無効な証拠を引いて事実を認定した違法を犯したものであるから、原判決は到底破棄を免れないものと信ずるというのである。
そこで先ず訴訟記録に依拠しつつ原判決事実摘示の被告人関係の各訴因について起訴時以後判決に至るまでの手続の経過を見ると検察官副検事有働国男は延岡簡易裁判所に対し昭和三一年三月一九日原判示第一の(5)の訴因(窃盗)につき起訴し更に同年三月二九日同第一の(1)乃至(4)の訴因(各窃盗)につき追起訴したので同裁判所は裁判官吉永広衛の担当で同年五月三〇日の第一回公判期日(有働検察官出席)において右両被告事件を併合して公判審理を開始し一切の証拠調べを終えて即日結審し判決宣告期日を同月一三日と指定したがその後右期日を変更した上七月一一日弁論の再開並に右事件(仮りに甲被告事件という)を宮崎地方裁判所延岡支部に移送する決定をしたこと之より先同検察官は同年六月二〇日に更に原判示第一の(6)の訴因(窃盗)について延岡簡易裁判所に起訴し次いで同検察官は同年七月三日原判示第三の訴因(原審相被告人川崎辰已との共謀による加重逃走)について宮崎地方裁判所延岡支部に起訴したので同支部は同年七月九日刑事訴訟法第五条第一項により右逃走被告事件に前記六月二〇日起訴の窃盗被告事件を同年六月一二日延岡簡易裁判所に起訴した前記川崎辰已に対する窃盗被告事件(原判示第二の訴因)と共に併合する決定(仮りに乙被告事件という)をした上前同一裁判官担当の下に同月一一日第一回公判期日(有働検察官出席)を開き同期日において延岡簡易裁判所から移送された前記甲被告事件をも併合審理する決定をしたのであるが同期日においては改めて甲被告事件の関係証拠を取り調べることなく甲乙両事件の弁論を終結して同月一八日原判決を宣告した経緯を知ることができる。而して該判決には甲被告事件の犯罪事実認定の証拠として同支部に移送前延岡簡易裁判所の公判で取り調べた証拠をそのまま採用挙示していること正に所論のとおりである。
仍て先ず移送決定により移送前行われた訴訟行為の移送後における効力如何について考究すると該決定により訴訟は当然に移送決定をした裁判所を離脱しその当時の状態において移送を受けた裁判所に係属するのであるから移送決定をした裁判所が移送前にした訴訟行為は移送決定によりその効力を失うものではない。従つて移送前になされた被告人の勾留は引続き有効であり、又同一審級である限り移送前移送した裁判所に対し為された弁護人選任の効力は移送後も有効である。しかし移送裁判所が移送前にした訴訟行為は総て有効であると解することはできないのであつてそれがどの程度に移送後においても効力を持続するかどうかの点は口頭主義直接主義の原則の要請から之を判定すべくかかる見地に立つて考察するとき概して手続形成行為は移送後改めて手続を仕直す必要はなく有効であるが実体形成行為その他口頭主義直接主義の要請に基き当該被告事件を審判する裁判所の公判廷において履践することを必要とさるる訴訟行為は移送後公判手続更新の手続に準じ(刑訴規則第二一三条の二参照)改めて仕直さない限り無効となるものと解さなければならぬ。従つて検察官のする起訴状の朗読、被告人及び弁護人のする被告事件についての陳述、事実認定の資料となる証拠の取り調べの如きは移送により無効となることは明らかであつて本件の如くたまたま移送した裁判所及び移送を受けた裁判所を構成する裁判官が同一人であつた場合でも右の論結を異にするものではない。只公判期日における供述に代えて書面を証拠とすることができる場合(刑訴法第三二一条乃至第三二八条特に第三二一条第二項第三二二条第二項)には移送した裁判所において移送前に行われた被告人の供述証人その他の者の尋問及び供述その他の証拠調べは移送後改めて初めから仕直さなくともその結果を記載した書面又は物を証拠書類又は証拠物として移送を受けた裁判所の公判廷で取り調べることにより事実認定の証拠とすることができるであろう然るに原裁判所は原判示第一の(1)乃至(5)の訴因認定の資料として判決に挙示した証拠については延岡簡易裁判所から事件の移送を受けた後の同支部の公判廷において改めて証拠書類として取り調べの手続を履践することなくして弁論を終結し判決に証拠として採用したこと前叙のとおりであるから原判決には公判廷において適法の証拠調べをなさない証拠を以つて事実を認定した違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから論旨は理由がありこの点ですでに破棄を免れない。
(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 二見虎雄 裁判官 後藤寛治)